高市早苗首相の「ホクホク」発言

首相が昨日1月31日に神奈川県川崎市で遊説中に為替について語る中で、「ホクホク」発言が飛び出し、その内容が注目されている。国内投資増大を願うあまり円高よりも円安の方が投資促進要因であると言いたかったのかもしれない。だが、問題は現在の円安が示唆する日本経済・財政・通貨に対する構造的な懸念を十分に認識しているのか、疑念を抱かせた点にある。本稿では首相の発言に関する懸念点を議論する。
竹中 治堅 2026.02.01
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為替に触れる首相

首相は昨日1月31日に神奈川県川崎市で遊説中に為替について語る中で、「ホクホク」発言が飛び出し、その内容が注目されている。

(首相の発言は「日本経済新聞」デジタル版が全文を掲載している。首相発言の本稿における引用はこの全文からである。

経済・産業の成長・発展重視

首相は演説の中で国内投資を拡大する願望を強調し、さらに、円安のプラスの側面を強調した。首相が日本の経済や産業の成長・発展を重視していることは日本成長戦略本部・会議を早々と立ち上げ、17戦略分野を選定、戦略分野における施策の検討を始めていることから明らかである。また、首相が、経済・産業の成長・発展を心から願い、邁進していることはさらに日々の発言から伝わってくる。今回も国内投資増大を願うあまり円高よりも円安の方が国内投資促進要因であると言いたかったのかもしれない。だが、問題は現在の円安が示唆する日本経済・財政・通貨に対する構造的な懸念を十分に認識しているのか、疑念を抱かせた点にある。本稿では首相の発言に関する懸念点を議論する。

円高の副作用

演説の中で、首相は「円高がいいのか、円安がいいのか、どっちがいいのか、皆わからないですよね。」と発言する。為替に関する発言は主に円高の負の側面について触れ、円安のプラスの面について強調する内容となっている。円高について、民主党政権の時には「ドル70円台の超円高」と触れた上で、「円高だったら輸出しても競争力ないですよね」「失業率もすごい高かった。そっちがいいのか。」と副作用を説明する。

「ホクホク状態」

さらに円安について「円安だから悪いって言われるけれども、輸出産業にとっては大チャンス。」「自動車産業も、アメリカの関税があったけれども、円安がバッファーになった。」と擁護する。最後に外国為替資金特別会計に触れ、円安の結果、「これの運用、今ホクホク状態です」と「ホクホク」発言が飛び出す。

外国為替資金特別会計

この特別会計は為替介入のために設けられており、円売り・外貨買い介入の際に獲得したドルなどの外貨を運用している。円安が進めば、円建てで見た場合にこの特別会計の資産は増える上、アメリカ国債などから得られる利子収入も拡大することになる。首相が言っているのはこのことである。

円安の進行と長期金利の上昇

高市首相の就任以来、円安が進む一方、長期金利が上昇し、首相は批判にさらされてきた。首相はこうした批判に反論したかったのであろう。ただ、そもそも為替の話はセンシティブで細心の注意を払う必要がある。また、首相の発言は首相がマクロ経済さらには円安の背景にある構造問題を理解しているのかも疑問も抱かせる。

インフレ懸念

最近の円安が問題視されるのはいくつか理由がある。短期的な問題としては、円安は輸入物価を押し上げ、インフレ要因となることである。ここ数年、インフレが続いており、実質賃金が伸び悩む傾向にあり、我々国民の生活は苦しくなっている。

長期的な円安の進行

また、研究者、メディア、金融関係者が憂慮しているのは長期的に円安が進んでいることである。これを齋藤誠氏が日本経済新聞の「経済教室」で2022年9月22日にわかりやすく説明している。齋藤氏は近年の円安を金利差で説明できない構造的変化と捉えている。

齋藤氏によれば2019年を境に円安が大きく進んだ。1986年1月の1ドル=200円を基準とした場合、2008年から2019年の間の長期の実質レートは181円だった。ところが、21年から22年半ばの実質レートは270円となっている。この水準の変化は短期的な日米の金利差では説明することができない。齋藤氏は日本の経済力自体が落ちていることを要因として指摘している。つまり、2021年以降の円安は日米両国の景気循環の差や金融政策の違いで説明できる水準を超え、日本経済の成長力の低下を反映している可能性が高いということである。

財政状況の悪化

ただ、もう一つの気がかりなのは日本の財政状況の悪化により通貨としての円の信用が揺らいでいる可能性である。ロイター通信は“The yen's protracted decline and a recent surge in Japanese government bond yields to record highs reflect investor concern about Japan's strained finances (円安の長期化と、最近の国債利回りの史上最高水準への急上昇は、日本の厳しい財政状況に対する投資家の懸念を反映している。)”と報じる(「ロイター通信」2025年1月31日)。

利払費の増加

日本の財政状況は厳しく、2025年度末で国と地方の長期債務残高は1335兆円でGDPの199%に達する、2021年度末の210%に比べれば改善しているものに大きいことに変わりはない。特に懸念されるのは利払費の増加である。債務が拡大を続けてきたにも関わらず低金利時代が長く続き、利払費は低く収まってきた。2022年度の利払費は7.1兆円である。しかし、金利の上昇が始まり、今後利払費の増加が予想される。2026年度当初予算では13.0兆円を見込んでいる。今後、財政状況が悪化することの懸念が高まれば、長期金利がさらに上昇する一方で、円安が進む恐れもある。

「責任ある積極財政」

こうした状況の中、首相は「責任ある積極財政」を掲げ、拡張的財政政策を目指している。特に首相はこれまでの財政政策を「行き過ぎた緊縮志向」と批判し、経済・財政政策を「大きく転換する」と宣言する。首相は2021年9月の総裁選に出馬した際にインタビューに応じた中で「日本では日本銀行に通貨発行権があり、自国通貨建て国債を発行できることから、デフォルトの心配がない幸せな国」と発言しており、自由に国債を発行できると考えていることを示唆している(「わが政権構想」『Hanada セレクション:高市早苗は天下を取りにいく』99ページ。)。

この首相が円安のメリットのおかげで外為特会の状況が「ホクホク」であると発言してしまったのは軽々しかった。

「首相は本当に国の財政・通貨への信認が揺らいでいることを理解しているのか」

と感じさせ、発言が注目を集めることになった。

首相の反論

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続きは、639文字あります。
  • 円安のメリット・デメリット
  • 残る懸念

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