中選挙区制の問題:首相の統治能力弱体化への道

中選挙区制は中規模政党には有利だが、首相の統治能力を弱め、「決められない政治」と「利益誘導」による財政膨張を招く。連記制を加えても中選挙区制の本質的問題は解消されない。本稿は、日本が二院制を採っていることも念頭におきながら中選挙区制復活論を検討する。
竹中 治堅 2025.12.31
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はじめに

 日本維新の会や国民民主党は中選挙区制復活を提案している。また自民党内の一部にも中選挙区制再導入を求める声がある。

 なお、2025年1月から、額賀福志郎衆議院議長のもとに「衆議院選挙制度に関する協議会」が設置されている。協議会では選挙制度のあり方についても議論されている。

中選挙区制の問題

 本稿では中選挙区制の問題点について議論する。長い論考になるので結論を先に述べる。中選挙区制には弊害が大きく復活させるべきではない。

 中選挙区制は日本維新の会や国民民主党は中規模の政党には適した選挙制度である。今より勢力を拡大することも期待できる。この意味で衆議院に多様な民意を反映させるのに役に立つ選挙制度とは言える。

 しかしながら中選挙区制では政権の形態が単独政権になるか連立政権になるかを問わず首相に指導力は制約される。中選挙区制では無所属として当選することが可能であるため、首相や与党執行部が与党議員を統御することは困難になり、与党内ガバナンスは脆弱になる。首相が難しい政策決定をすることは今より困難になり「決められない政治」が蔓延する恐れが高い。

 また、自民党では派閥が完全に復活、他に大きな政党が生まれれば派閥に類する「グループ」が党内で大きな影響力を持つであろう。与党内ガバナンスが弱まる中、首相は派閥やグループ、あるいは連立与党から利益集団や特定地域・選挙区への利益誘導の要求にさらされることは必至である。具体的には首相には予算の分配や減税を求められ、財政政策が拡張的になるだろう。すでに日本の財政状況は非常に悪く、さらに拡張的財政政策が実施される場合、大きな副作用が生まれることは必至である。

中選挙区制の歴史

 それでは中選挙区制の問題について詳しく見ていく。なお、現在、一部の政党や政治家が唱えている連記制を加えたとしても中選挙区制の本質的問題は残ることも合わせて説明する。

 中選挙区制では基本的に3人から5人の政治家が選出される(ただし、戦後では例外的に定数2や6の選挙区が存在した)。その歴史は長い。1928年から1942年まで衆議院議員の総選挙は中選挙区制で行われた。1946年の総選挙は大選挙区制で行われるものの、1947年の総選挙は中選挙区制が復活する。以後、1993年まで衆議院の総選挙は中選挙区制であった。1994年に政治改革が実現し、中選挙区制は廃止され、小選挙区比例代表制が導入される。

中選挙区制の長所

 中選挙区制の長所としては小選挙区制に比べ少ない投票で当選できるので中小政党の候補者も当選しやすく多様な民意の代表を促すことである。自民党の中で根強くある議論は小選挙区制の場合、多くの有権者から支持を得る必要があるため、長期的にメリットがあっても、短期的には国民が反発する政策は訴えにくいということである。これに対し、中選挙区制であれば、一部の有権者の支持を得ることができればいいので、多少反発を招く政策を掲げることが可能であると説く。

 さらに無所属としての出馬も可能で、当選も小選挙区制に比べれば容易である。同じく中小政党の当選が容易である比例代表制では無所属として出馬することが難しい。

第1の問題:政治とカネ

 しかしながら、中選挙区制には深刻な五つの問題がある。第1にこれまでに比べて政治と選挙にカネがかかるようになる。まず、小選挙区に比べれば選挙区の規模大きくなることの弊害である。事務所の数や秘書の数を増やさなくてはならなくなる。車で移動する場合のガソリン代も増える。配布するビラの数も多くなる。もう一つは自民党のように大きな政党の場合、同じ選挙区で同じ政党の政治家の競い合いが必至であるということである。選挙活動を支援してくれる地方議員の囲い込み、系列化のために熾烈な競争が起こり、適法な範囲で政治活動を行う場合であってもより多くの政治資金が必要となるだろう。場合によっては買収などの違法行為の誘惑に駆られてしまう政治家も出てくるかもしれない。

第2の問題:利益誘導

 第2に、利益集団への利益誘導合戦が今よりも激しくなることである。これも自民党のような大きな政党の政治家同士が競い合うために起こる。同じ政党の候補者同士の競争においては、政党の政策は同じ政党から出馬する候補者を差別化することにはならない。このため、同一政党の候補者は重視する政策分野を棲み分けし、関連する利益集団からの集票に勤しむことになる。そして投票してもらう見返りに利益誘導を行うことになる。例えば、ある政治家は農業政策を専門とするようになり、票との見返りに農協への利益誘導、別の政治家は医療政策に詳しくなり、医師会への利益誘導を図ることになる。こうした政治家は族議員となり、予算や補助金の分配、規制による保護に勤しむことになる。

第3の問題:「決められない政治の再来」

 第3の問題は政党の規律が働きにくくなり、政治決定が難しくなることである。政党が党内の手続きを踏まえて意思決定した場合でも一部の政治家が反対を続ける場合、造反を抑えることが難しくなる。また、自民党では派閥が復活、大政党では派閥に類するグループが誕生し、党首の党運営を制約する可能性が高い。派閥やグループが党首の方針に反対する場合、これを抑えることはさらに困難となる。

 つまり、「決められない政治」が再来する。なぜか。現在の小選挙区比例代表並立制のもとでは、政党執行部は次の選挙で公認しないことを材料に党を規律し、造反を少なくすることが可能となる。しかし、中選挙区制のもとでは政党から公認されない場合でも無所属として当選することが容易になる。このため公認権によって党首の方針に一部の政治家、派閥・グループが反対する場合、これを抑制することは難しい。

 特に首相にとって政党の規律が弱まることは大きな問題となる。中選挙区制に回帰した場合、政権の形態がどのようなものになるのか予測は難しい。そこで、ここで①単独政権、②自民公明連立政権のように大政党と中小政党が連立を組む場合(大政党+中小政党連立政権)、③3つ以上の政党が連立する場合(複数政党連立政権)に分けて考えてみる。

 ①の場合、与党の多数が首相の政策実現に必要な法案を支持する場合であっても、一部の与党の議員や派閥・グループが反対を続け、この結果、衆議院で法案への支持が過半数を下回る場合には政策の実現は困難になる。②の場合も同様に、政権の中心となる与党の一部の議員や派閥・グループが抵抗するとやはり政策実現は難しくなるだろう。さらに首相は自分の与党をまとめ上げ、他の連立与党の党首と合意しても、その党首が党内から合意に支持を取り付けられない場合、政策実施はできないことになる。連立与党の党首も中選挙区制では反対議員を抑えるのが難しいという問題に直面する。

「再交渉をお願いできないでしょうか」

 おそらく③が、首相の政策決定が最も困難な場合である。そもそも複数の連立与党が存在する場合、内閣としての意思決定は難しい。連立与党党首間で交渉し、なんとか連立与党間の合意に達しても、首相を含め与党党首は党内を抑えられるかという問題に直面する。

 首相は他の党首から「うちの何人かが絶対ダメだと造反をちらつかせて、与党合意に反対するので再交渉をお願いできないでしょうか」とお願いされることもでてくるであろう。

 小選挙区比例代表制の下での公認権の威力について、安倍晋三元首相は「公認権を実行したことはありませんし、実際にそれでおどかしたこともありませんし、そういう気もないですが。それは、そうかもしれないとみんなが思うわけですね」と語る。中選挙区制のもとではこの公認権の効果が消えてしまう。

第4の問題:歳出拡張と減税拡大圧力

 第4の問題は第2の問題として指摘した利益誘導が行われる結果、財政が拡張的になる恐れが高いことである。やはり三つの政権形態に分けて考えてみよう。①単独政権では、派閥・グループが強い力を持つようになれば、予算や税制改正案への支持と引き換えに特定の予算措置や減税を求める可能性が高くなる。中選挙区制では利益集団の影響力が大きくなり、利益集団から票を得るために大きな政党の政治家は予算措置や減税による利益誘導を行うことになるからである。②大政党+中小政党連立政権でも大政党内では同様に財政拡張圧力が働くはずである。さらに首相にとって厄介なことに、連立与党からも圧力を受けることが予想されることである。③複数政党連立政権ではどうか。首相は他の連立与党からそれぞれの支持集団に向けた予算措置や減税圧力を受け、その一部を認めなくてはならないだろう。

比例代表制より高い圧力:選挙区向け利益誘導

 ここでの疑問は首相に対する他の連立与党の圧力がやはり連立政権を生みやすい比例代表制の下のそれと異なるのかということである。比例代表制の下で連立政権が組まれる場合、首相はやはり連立与党から支持層向けの予算措置や減税要求にさらされるはずである。ただ、中選挙区制の場合、首相への圧力は過大になるはずである。第1に、他の連立与党は党を支持する利益集団向けの予算措置や減税を要求するはずである。ただ、比例代表制と違うのは、党内に執行部が考えているより過大な要求をする政治家がいる場合、執行部が統御することは難しく、利益集団向けの分配政策は課題になる可能性が高いということである。第2に政治家は選挙区向けの利益誘導も求めることが必至であるためである。比例代表制では特定選挙区向けの利益誘導を行う誘因は低い。

すでに起きている歳出拡張・減税拡大圧力

 2024年10月の衆議院議員総選挙で自民党が過半数を失って以降、首相への日本維新の会や国民民主党の財政拡張圧力は高まり、石破茂前首相や高市首相は維新の会の高校無償化、国民民主党の基礎控除や所得控除の引き上げという形での減税や暫定税率の廃止という要求を受け入れざるを得なかった。日本維新の会が連立に入ったのは25年10月からで国民民主党は現在まで連立入りしてはいない。ただ、これまでの政治過程をもとに連立政権下の政治過程をイメージすることはできる。つまり首相を輩出する政党以外の与党が多くの要求を首相に突きつける政治過程である。すでに述べたように中選挙区制の下で連立政権が成立すれば、連立与党の要求はさらに過大になる恐れがある。

第5の問題:人事権制約

 第5の問題は首相の人事権が制約されることである。55年体制の下で、自民党政権では首相は派閥が政権運営への協力を求め、引き換えに首相は一定の数の閣僚ポストを派閥に割り振り、派閥の推薦に基づいて閣僚を起用する慣行が成立していた。中選挙区制に戻した場合、①単独政権ではこの慣行が復活するだろう。また、②大政党+中小政党連立政権の場合でも、中心となる与党内にはこの慣行が成立するであろう。いずれの場合も首相は能力や政策の考え方を中心に人事を行うことが難しくなる。

連記制は解決策にならない

 国民民主党が提案する連記制はこうした問題を解決するのだろうか。有権者は連記制の下では選挙区の定数分の候補者を記すことになる。つまり定数4であれば、4人の候補者名を、定数3であれば、3人の候補者名を記して投票することになる。国民民主党はこれにより同じ政党から複数の候補者が出馬する場合でも同じ政党の候補者間の競争は緩和されると主張する。例えば、特定の政党の支持者はその政党から出馬する候補者全員を連記する可能性が高いので、同一政党の候補者はお互いに競い合わなくて良くなるというのである。しかしながら、これはナイーブである。第1にそもそも同じ選挙区から同一の政党から3名や4名もの候補者が出馬する場合、その政党を支持する有権者であっても全部同じ政党の候補者の名前を連記するのだろうか。「全部同じ政党の候補者に入れるのも問題かもしれない。他の政党もいいことを言っているので一人は他の政党にしよう」と思う有権者もいるのではないか。第2に、世論調査を見れば明らかのように多くの国民は特定の政党を支持していない。12月の朝日新聞社の世論調査では「支持する政党はない」という回答者が全体の36%を占める。これは選択肢の中で最多である。こうした回答者が投票の際に同一の政党の候補者ばかり選ぶのかさらに疑問である。

  選挙ではしばしばごくわずかの票差で当落が決まる。結局、多くの候補者は個人票を求めて熾烈な政治活動を繰り広げるだろう。同一政党の政治家同士も1票でも多くの獲得を目指して競争し合うはずである。

自民党一部の狙い

 それではこのような中選挙区制を日本維新の会、国民民主党、さらには自民党の一部はなぜ求めるのであろうか。日本維新の会や国民民主党の思惑と自民党の一部の考えは異なる。自民党の一部は小選挙区で政党の候補者が一人に絞られるようになったため、自民党の政治家は個人票の発掘を行うための有権者との接触が以前より疎かになってしまったと考えている。例えば、石破前首相は「同じ党の候補者とも競うわけだから、日常の活動が非常に濃密だった。5人、10人の有権者との会合も丁寧にやった。そこがメリットだ」と答えている(『毎日新聞』2025年1月22日)。これが近年の党勢につながったとも考えているはずである。

選挙区調整は理由にはならない

 日本維新の会や国民民主党の理由は何か。両党が挙げる一つの理由は小選挙区制を中心とする現在の選挙制度では連立与党が競い合う可能性が高く、連立が組みにくいことである。藤田共同代表はインタネット番組で中選挙区制にすれば与党同士で「バッティングしない」と説明する(『中田敦彦のYou Tube大学』「どうなる維新!しんぶん赤旗が報道した「公金還流」の真相とは?自維連立「12本の矢」も徹底解剖!」https://www.youtube.com/watch?v=q966WkRZ6Rk)。また国民民主党の玉木代表は国民民主党が連立に入る可能性について「ネッ クになるのは選挙制度だ。今の制度だと1人区なのでぶつかる」 (『神戸新聞』2025年12月24日)と語る。つまり、中選挙区制にすれば異なる与党の政治家が当選できるので、選挙区調整が不要になり、連立が組みやすくなるということである。

 しかし、選挙区で競い合うことが連立の妨げになるという考えは連立政権を継続することを前提とする考えである。連立を長期間続けることを前提とする必要はない。選挙毎に競い合い、その結果、改めて連立を継続するのかどうか決めるという考え方も十分に成り立つ。このように考えれば、連立のために選挙制度を変更するということは不要となる。

維新と国民民主の狙い:党勢拡大

 おそらくより重要なのは党の利益である。日本維新の会は大阪府の選挙区では圧倒的だが、小選挙区で厳しい戦いをしてきた。国民民主党も一部の選挙区で圧倒的強さを誇るものの、小選挙区全般では振るわない。

 国民民主党は41の小選挙区で候補者を擁立したものの、11の選挙区でした当選者を出すことが叶わなかった。それ以外の選挙区のほとんどで2位や3位だった。中選挙区制にすれば今より党勢を伸ばせる可能性はある。中選挙区制について国民民主関係者が「不利には働かない」と考えていることが報じられている(『産経新聞』2025年12月4日)。

 日本維新の会は2024年の総選挙で163もの小選挙区で候補者を擁立した。19ある大阪府の小選挙区では全勝したものの、それ以外では4つの小選挙区でしか勝利できなかった。注目すべきは2位と3位につけた選挙区の数が120にのぼる。中選挙区制にして全ての選挙区が定数3や定数4になれば、1位でなくても当選者になることができ、勢力を拡大できると考えているため中選挙区制導入を希望する。藤田共同代表はインタネット番組で「3番手くらいまでに入れるやろと全政党が思っているんですよ」と本音を明かす(『中田敦彦のYou Tube大学』「どうなる維新!しんぶん赤旗が報道した「公金還流」の真相とは?自維連立「12本の矢」も徹底解剖!」https://www.youtube.com/watch?v=q966WkRZ6Rk)。

まとめ

 簡単に言ってしまえば、中選挙区制は中規模の政党には適した選挙制度である。しかしながら、すでに述べた通り、中選挙区制では政権の形態を問わず、首相に指導力は制約される。首相が難しい政策決定をすることは今より困難になり「決められない政治」が蔓延する恐れがある。また、派閥・グループや連立与党からの予算分配や減税を求める圧力が今よりも苛烈になり財政政策が拡張的になるだろう。すでに日本の財政状況は非常に悪く、拡張的財政政策はこの財政状況をさらに悪化させることは必至である。衆議院の選挙制度を議論する際には日本が二院制を採用していることを踏まえ、統治制度全体の中で議論すべきである。

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