高市早苗首相、解散決断

1月14日に高市早苗首相は自民党の鈴木俊一幹事長と日本維新の会の吉村洋人代表と会談、通常国会の冒頭に衆議院を解散する意向を伝えた。今回の解散は、戦後政治の中でも異例性が際立つ。異例なのは、解散のタイミングと、その決定プロセスである。本稿では解散の決断の特異性について触れ、首相が解散を決断した背景について検討したい。(写真は首相官邸HPより。)
竹中 治堅 2026.01.18
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衆議院解散・総選挙へ

1月14日に高市早苗首相は自民党の鈴木俊一幹事長と日本維新の会の吉村洋人代表と会談、通常国会の冒頭に衆議院を解散する意向を伝えた。通常国会は23日に召集される予定である。総選挙の日程として、1月27日公示、2月8日投開票が有力と考えらている。

今回の解散は、戦後政治の中でも異例性が際立つ。異例なのは、解散のタイミングと、その決定プロセスである。本稿では今回の解散の決断の特異性について触れ、首相が解散を決断した背景について検討したい。

突然の決断

首相は年末の日本経済新聞社のインタビューで「国民にできるだけ高市内閣の物価高対策、あと経済政策の効果を実感していただくということ、これにいま没頭しているということだ。」(『日本経済新聞』電子版25年12月23日)と答えていた。年始の読売新聞社のインタビュー(『読売新聞』26年1月1日)でも同じ趣旨の発言をしており、しばらくは政策に専念すると考えられていた。しかしながら、1月9日夜、読売新聞が突如首相が「通常国会の冒頭で衆院を解散する検討に入った」と報じる(『読売新聞』電子版26年1月9日)。

異例の解散

今回の解散は二つの意味で異例である。

まず前回総選挙との間隔である。24年10月に総選挙が行われたばかりであり、2月に総選挙が行われる場合、わずか1年4ヶ月で再び総選挙が行われることになる。戦後三番目に短い間隔で行われることになる。これより短い期間の総選挙は1953年4月の第26回総選挙(25回総選挙から6ヶ月)と1980年6月の第36回総選挙(25回総選挙から8ヶ月)しかない。

幹事長も蚊帳の外

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